2011年7月25日月曜日

こんなロウソクつくれます。

本日、ワークショップ「ろうそくの贈りもの」のリハーサルを、運営する大学生(博物館実習生)たちを行ったところ、出るわ出るわの名作ぞろい。

こんなんできます、の一例を。







どうです? どれもこれもキュートでしょ?

内容はけっこうシンプル、でも失敗知らずの満足度高し。大学生たちもワイワイ、キャーキャー楽しんでおりました。しかしそれだけじゃなく、野十郎について、ロウソクについて、ちゃんと学びもある。

ワークショップは8月2日から12日まで。予約をしてもらった方がありがたく、絶賛受付中ですのでぜひぜひ気軽にご連絡を。

詳細は以下に。

→http://fukuokakenbi.blogspot.com/2011/07/blog-post_15.html

2011年7月21日木曜日

「夏の庭」に遊びにきませんか

現在のコレクション展2では、高島野十郎の特集コーナー以外にも、会場後半に愉しそうなコーナーが用意されています。

色と形のユニークな作品が集められた、夏休みらしいコーナー。担当学芸員によると、イメージタイトルは「夏の庭」だそうです。

作品には短い言葉が添えられており、その言葉をきっかけに親子の会話が弾むこともしばしば。

絵もあり彫刻もあり、版画もありポスターもあり、ガラスもありブロンズもありの、しずかににぎやかな空間をお楽しみください。

*
本展でご紹介しているグラフィックデザイナー 青葉益輝様が7月9日に逝去されました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。




「夏の庭」出品目録
◆
菊畑茂久馬 KIKUHATA Mokuma(1935- )のブロンズオブジェとオブジェデッサン
[ブロンズオブジェ]
花開く No.1  Flower Opens No.1  1986
花開く No.2  Flower Opens No.2  1986
蜜蝋の房  Chamber of Beeswax  1986
氷嚢・水のかたち  Ice Pack: Form of Water  1987
林檎と三角錐  Apple and Triangular Pyramid  1987
心臓の兜をつけた馬  Horse Wearing Heart on the Head  1987
花落ちる  Flower Falls  1987
[オブジェデッサン]
花開く  Flower Opens  1978
鳥の雛形  Model of Bird  1979
コルセット  Corset  1979
圧搾儀  Compresser  1979
ワッペンのデザイン  Design  for Wappen  1979
肖像画の裏側  Back Side of Portrait  1979
二つの林檎  Two Apples  1979
ハサミの行進  Parade of Scissors  1979
二つの球体  Two Spheres  1980

◆
油彩画
阿部金剛(1900-1968)  ABE Kongo
Rien No.1  Rien No.1  1929
田淵安一(1921-2009)  TABUCHI Yasukazu
風吼え岬  Cap des Hurle-vents  1989
友添泰典(1935- )  TOMOZOE Yasunori
刺青シリ-ズ星座(夏)  Constellation (Summer), Tattoo Series  1974
松本英一郎(1932-2001)  MATSUMOTO Eiichiro
満帆2  Large Sail 2  1969
向井潤吉(1901-1995)  MUKAI Junkichi
まひる  Midday  1946

◆
版画
上田 薫(1928- )  UEDA Kaoru
スプーンのジェリーA  Spoon and Jelly A  1986
玉子にナイフにフォーク  Fresh Egg, Knife and Fork  1989
小川幸一(1950- )  OGAWA Koichi       
青い球体No.17  Blue Sphere No.17  1989
赤い球体No.9-G  Red Sphere No.9-G  1989
白い球体No.1  White Sphere No.1  1994

◆
ポスター
青葉益輝(1939-2011)  AOBA Masuteru
"Leaves..."(葉々)  "Leaves..."(Leaves)  1992
"Leaves..."(枝)  "Leaves..."(Branch)  1993

◆
彫刻
小田部黄太(1959- )  KOTABE Kota
形態-位相  Form-Phase  1996
安永良徳(1902-1970)  YASUNAGA Yoshinori
首B  Head B  1932

◆
工芸
江藤日出男(1936- )  ETO Hideo
遠い日  Far-off Days  1981
中島硝子製造所  Nakajima Glass Factory
ゴールドグラス窯変唐草文様花瓶  Vase with Arabesque Design and Fire Markings, Goldglass  c.1937
ゴールドグラス窯変大皿  Large Dish with Fire Markings, Goldglass  c.1938
福岡特殊硝子  FUKUOKA Tokushu Glass
泡雪セット  Bowl & Plate Set "Snow Like Bubbles"
玉流れセット  Bowl & Plate Set "Floating Circle"
コンポート  Compote Glass
マルティグラス  Multi Glass Co.,Ltd
炎彩大皿    Flame Colored Large Dish  1988
筍状炎彩大瓶  Flame Colored Large Bottle Shaped like Bamboo
新ゴールド双葉皿  New "Gold Glass "Dish Shaped Like Cotyledons  
カラーセラム双葉皿  "Color Serum"Dish Shaped Like Cotyledons



2011年7月15日金曜日

ワークショップ「ろうそくの贈りもの」

ケンビ夏の恒例、10日間ワークショップ。

今年は8月2日~12日の期間で、ろうそくづくりを体験していただきます。

高島野十郎は生涯にろうそくの絵をたくさん描き、一枚一枚を友人知人に手渡していったといいます。ワークショップでは彼のその気持ちを想像しながら、大切な誰かにプレゼントするためのろうそくをつくってもらおうと思います。

さらに言えば、ろうそくは筑後の特産品でもあります。かつてはハゼの木があちこちに植えられ、その実をつかった櫨ろうそく(和ろうそく)が生活のなかに息づいていました。

今回のワークショップは、木蝋(ハゼの実の蝋)だけでなく、蜜蝋、パラフィン蝋もあわせて使い、ろうそくの魅力を知るとともに、ろうそくの歴史もちょっぴり学んでもらおうというものです。

ちなみに企画は八女在住の造形作家であり、地場ものろうそくと杉の葉線香をこよなく愛する生活人(?)牛島智子さんの協力を得、運営はケンビで博物館実習を履修する大学生のみなさんとともに行います。



コレクション展2「夏休み特集:拝啓 高島野十郎 様」関連イベント
ワークショップ「ろうそくの贈りもの」


◆日時

8月2日(火)~8月12日(金) 
*ただし8日(月)の休館日はのぞく

◆会場
福岡県立美術館 1階展示室

◆時間
①10:30~12:30  ②14:00~16:00  
*1日2回、各回10名まで(要事前予約)

◆材料費
300円  
*オリジナルの燭台づくりを希望される方はプラス200円(限定100個)

◆企画協力 牛島智子(造形作家)  
◆協力 独楽工房隈本木工所
◆運営 平成23年度博物館実習生

◆申込方法
福岡県立美術館 学芸課まで電話・ファックス・E-mailのいずれかで、参加希望者の①お名前②年齢③希望日時④ご連絡先(電話番号等)をお伝えください。

◆問い合わせ先/連絡先
福岡県立美術館(学芸課)
福岡市中央区天神5-2-1(須崎公園内)
Tel 092-715-3551  Fax 092-715-3552
E-Mail  fukuokakenbi(a)gmail.com  *(a)を@に変えてください





2011年7月9日土曜日

手紙ふえてます。

野十郎の絵を見てくださった方に書いてもらっている野十郎への「手紙」。うれしいことに、どんどん増えてきました。


すこしご紹介しましょう。


拝啓 高島野十郎様  あなたの絵をみていると 暗い中にほのかな暖かさを感じます。それは個人的なもののように思えますが、誰の心のなかにもあるものです。だから見つめたくなるのでしょうか。  敬具 たまより


拝啓 高島野十郎様  母性本能をくすぐるようなお方に思えます♡ 生きてあったらゆっくりコーヒーでもいっしょに飲んで お話でもしたかった~  敬具 早苗より


担当の竹口学芸員が思わず涙ぐんでしまうものから、「ぷっ」と吹き出してしまうものまで、どれもこれも素直な言葉ばかり。

野十郎はどんな想いで受け止めてくれているのでしょう。

同時に、とある来場者からうれしい言葉もいただきました。「人が書いた手紙を読むと、絵がまた違ったふうに見える」とか「知らない人といっしょに絵をみているような感覚になって、気持ちがあたたかくなる」とか。

みなさんもぜひご来場ください。


2011年6月23日木曜日

大きな手紙

6月11日から始まっているコレクション展2「夏休み特集:拝啓 高島野十郎 様」。

展覧会場では「野十郎への手紙」を募集し、「投函」してくださったものを掲示しているのですが、会場の外に野十郎への大きな「手紙」を展示しております。

それが、『高島野十郎ものがたり』紙芝居です。


今から5年前、古賀市の小中学生たちが野十郎の作品を見て、その生涯を勉強してつくった紙芝居。野十郎の生家を見学に行ったり、東大水産学科で学んでいた彼にならって魚をじっさいにさばいて観察したりと、さまざまなアプローチを経て、自分たちなりの「ものがたり」を編んでくれたのです。


これもまた野十郎への想いを託した「手紙」だろうと、今回、所蔵されている古賀市子どもの本の交流会さまからお借りして、ご紹介しております。

工夫と愛情たっぷりのこの大きな「手紙」。展覧会に足を運んでいただいた方はこちらもお見逃しなく。

2011年6月3日金曜日

あふれる想い

「野十郎への手紙」をいただきました。とても想いのこもった手紙です。

お手紙を下さった榊和也さまは「お気に入りの作品も選べず、文章も長すぎるので、掲載は控えていただければ幸いです」と書き添えてくださったのですが、お手紙にふかく感じ入り、せっかくなのでこのブログでご紹介させていただくことにしました。

まもなく6月11日から始まる展覧会の会場では、榊さまがあわせて送ってくださったダイジェスト版を野十郎の「月」にあてて掲示させていただきます。

では以下、お手紙の全文です。榊さま、ありがとうございました。


拝啓 高島野十郎様  もしあなたが生きていたなら、私はすぐにあなたに逢いに行き、断られることをわかった上で、弟子入りを志願して、今の私自身の心の拠り所のなさを慰めていたことでしょう。

でももしあなたが生きていたとしても、きっと私も世界も、あなたの存在を見つけることは困難だったのかもしれません。あなたはどこにでも咲いている路傍の草でありながら、同時に誰にもたどり着けないような高い山にしか咲かない、俗世から離れた一輪の孤高の花でもありました。

私もかつて、世捨て人であろうと望んだことがありました。すべてを失い、底辺で生きる人に触れ、共に在ろうと居座りました。しかしそこに居続けることができませんでした。世を捨てようという行為そのものの中に、強烈に世の中にしがみつこうとする自我を発見してしまったからです。それから私は自然だけを描くようになりました。なぜそうなったのかは、自分でもよくわかりません。あなたの言う通り、神が自分の中にあるのだとしたら、きっとその神が私の手を通して描かせたのでしょう。しかし私という自我が、その神の存在を知り、真理を本当に理解するには、今生では短すぎるように思えます。きっと死ぬ直前か、その後になって、わかることなのでしょう。

あなたは言いました。藝術は深さとか強さとかを取るべきではない。「諦」である。と。

あきらめの諦ではなく、「真理」という意味で用いられたこの諦(たい)という言葉に、私は自分を殺したあなたの、底知れぬ覚悟を感じてしまいます。徹底した写実によって明らかになるのは、月ではなく、闇。これは描こうとして描けるものではなく、あなたの献身と対象への慈愛によって、受け手である私たちが勝手に浮かべてしまった、実体のない陽炎のようなものです。私はその陽炎に「諦」を見ます。見ようとも見えないはずであるはずの、闇が、空気が、光が、涅槃が見えるのです。

あなたは死んでもなお、わたしたちと諦(真理)を結びつける手がかりとなってくれています。あなたは闇に迷って道を間違えないようにと、私を導いてくれる羅針盤であり、私の色眼鏡を外してくれる師のような存在であります。すでにあなたは私のすぐそばにいることは知っているのですが、改めて、私はあなたに会いに行こうと思います。

あなたがいない間に、世の色は少しだけ変わってしまったのかもしれません。私たちが自然の一部であるということを忘れてしまったツケが、今、あらゆる現象となって、私たちに問いかけています。あまりにも大すぎる犠牲も失ってしまいました。なにもかも失った人たちに、あなたという画家が居たことを教えたい。なにもかも失って、生きる意味を失ってしまったと思っている人たちの瞳に、あなたが愛した美しき日本の光景を写実する一筆の軌跡(奇跡)を映してもらいたいと思います。あなたの残してくれた曼荼羅によって、一人でも多くの人たちに万物に宿る霊性の存在に気づいてもらい、「生きているということそのものの中に、生きるという意味がある」ことを思い出して欲しいと願います。

あなたは言いました。「花一つを、砂一粒を人間と同物に見る事、神と見る事」と。

一陣の風が吹き消した、あまりにも大くの蝋燭から立ちのぼる煙は、狼煙(のろし)となって、残された私たちにメッセージを放ち続けています。そのメッセージの内容は、かつてあなたが言ったことと同じように思います。私たち一人一人の中にすでに備わっている仏性を取り戻すことによって、万物に宿る霊性に気づき、共にあるという実感を抱いて生きるということ。あなたが農民に配った蝋燭の炎は、時空を超え、今もなお私の中で燃え続けています。  榊和也より 敬具

2011年5月30日月曜日

「野十郎からの手紙」

ただいま「野十郎への手紙」を皆さんから募集しています。

そして、皆さんから寄せられるであろう手紙を先取りして、なんと高島野十郎からの手紙が届きました!

...... という設定で、展覧会担当の竹口学芸員が、野十郎が遺した手紙や言葉をもとに架空の「手紙」をつくったそうです。

6月11日、展覧会がオープンしましたら会場に掲示されるようですが、一足早くこのブログでもご紹介いたします。

***


拝啓  今日は私の絵を見に来てくださってありがとうございます。
いささか照れますが、絵の前でゆっくりと
時間を過ごしてもらえればうれしく思います。

三月十一日に大きな地震が起きて以来、心静かに暮らすことさえ難しくなりました。
こんなときこそ私たちは、地に足を付けた生活の大切さを知るのかもしれません。
どんなときも顔をあげれば空は大きく広がり、
雲は変わらず流れ、誰に見られるでもなく花は咲きます。

天上天下唯我独尊という言葉があります。
釈迦が生まれたときに唱えた言葉だそうですが、本当の意味は分かりません。
けれど、私はこう考えるのです。
世の中のあらゆるものが唯一無二の存在であり、ただそこに在るだけで尊いのだと。

私はすすんで世捨て人になろうとしました。
人間同士のつきあいや世の中の常識など一切をかなぐり捨て、
自然をありのままに、好きも嫌いも美も醜も一緒くたに見ようとしました。
私にとってはそれが絵描きであるための条件だったのです。

私の絵を見て他人は「まるで写真のようだ」と声をあげます。
けれど絵には、私のひと筆ひと筆が重ねられています。
そしてひと筆ひと筆には、絵具だけでなく私の孤独もまた塗り重ねられているのです。
小さな砂であれ大きな空であれ、近くの花であれ遠くの月であれ、
自然はいつも私のことなどそ知らぬふりで、ほほ笑んでもなぐさめてもくれません。
ましてや分かりあえることなどないでしょう。

ただ、私というちっぽけな存在は、
太古の昔から変わらずあるはるかな自然に救われてもいるのです。

描くことは生きること。
自然を描くことで私は、自然によって生かされているのかもしれません。  敬具

二〇一一年夏

あなたの心のなかに棲む、髙島野十郎より

展覧会場を訪れてくださった、親愛なるみなさまへ



*この「手紙」は、野十郎がのこした手紙や言葉をもとにした架空の文章です。

***

野十郎の絵を見て、彼からの「手紙」を読んで、今度は皆さんから野十郎に「手紙」をしたためていただければうれしく思います。